「面倒くさい」が人生を止めてしまう理由
昨日は「後回しにしていること」を書き出し、「まず5分だけ取り組んでみませんか?」というワークを行いました。
皆さんから寄せられた内容を見ていると、後回しにする最大の理由として最も多かったのが「面倒くさい」という気持ちでした。
この「面倒くさい」という感情は、私たちの行動を想像以上に止めてしまいます。
実は私の娘も、とても面倒くさがりでした。
大学生の頃、「ご飯を作るのが面倒」「外へ食べに行くのも面倒」という生活を続け、朝はチョコレート、お昼だけ学食、夜もチョコレートという食生活を約一年続けた結果、栄養失調で倒れてしまいました。
めまいがひどく、景色がぐるぐる回り、座っていることさえできない状態になりました。
お金がなかったわけではありません。
原因は、ただ「面倒くさい」という気持ちだったのです。
この出来事を通して、私は「面倒くさい」という感情が、ここまで人の人生を左右するのかと強く感じました。
もし、自分でも「やった方がいい」と分かっていることなら、面倒でも少しずつ行動していくことが大切です。
本当の自由とは、自分を律すること
健康を維持するためには、どうしても面倒なことをしなければならない場面があります。
高校生くらいになると、「人は自由に生きるのが一番だ」と思い始めます。
しかし、身体を健康に保ちながら生きるためには、本当の意味で何でも自由というわけにはいきません。
- 朝はきちんと起きる。
- 睡眠をしっかり取る。
- 食事に気を付ける。
- 生活リズムを整える。
こうした積み重ねが健康を支えています。
夜型生活を続ければ体を壊すこともありますし、実際に夜のお仕事を続けた結果、体調を崩して入院された方も見てきました。
「面倒くさい」という気持ちを放置すると、それは少しずつ自分自身の未来を奪っていくことになります。
もう一つの落とし穴「完璧主義」
自分の足を引っ張る原因は、「面倒くさい」だけではありません。
もう一つ大きな原因が完璧主義です。
「うまく書けない」「失敗したくない」と思うと、広告作りやホームページ作成など、本来進めたいことに手が付かなくなります。
結局、自分の行動を止めているのは、自分自身なのです。
昨日皆さんからいただいたチャットを見ながら、そのことを改めて感じました。
人はなぜ行動するのか「モチベーション理論」
今日からは、心理学で研究されている「モチベーション理論」を学んでいきます。
モチベーション理論とは、
- 人はなぜ行動するのか
- 行動の源は何なのか
を体系的にまとめた心理学・行動科学の理論です。
数多くの理論がありますが、今回は代表的なものを見ていきます。
マズローの欲求五段階説
まず有名なのが、マズローの欲求五段階説です。
人間の欲求は次の順番で高まっていくと考えられています。
- 生理的欲求(食事・睡眠など生きるための欲求)
- 安全の欲求(安心・健康・財産・安全な環境)
- 社会的欲求(家族・友情・所属)
- 承認欲求(認められたい・尊敬されたい)
- 自己実現欲求(創造性・成長・自分らしい生き方)
下位の欲求が満たされることで、次の段階の欲求が自然と生まれてくるという考え方です。
Kick Offでは、この理論についてさらに詳しく学んでいきます。
マクレランドの達成動機理論
続いて紹介したのが、マクレランドの達成動機理論です。
この理論では、人間の動機は社会の中で学習しながら形成されると考え、次の三つに分類しています。
① 達成欲求
目標を達成したい、成果を出したいという欲求です。
このセミナーに参加されている皆さんには、この欲求を持っている方が多いように感じます。
② 権力欲求
影響力を持ちたい、人を導きたい、コントロールしたいという欲求です。
「自分にはそんな欲求はない」と思う方も多いかもしれません。
しかし、家族や子どもに対して「こうしてほしい」と思う場面があるなら、その中にも権力欲求は表れています。
権力欲求そのものが悪いわけではありません。
大切なのは、その使い方です。
私が実際に接した方の中には、大きな影響力を持ちながらも、人に威張ることなく、身だしなみを整え、地域の高齢者一人ひとりを気遣い、人が自然と集まるような生き方をされている方がいました。
影響力とは、人を支配することではなく、人から信頼されることで生まれるものなのだと感じました。
③ 親和欲求
人とつながりたい、仲良くしたい、好かれたいという欲求です。
子どもの頃に傷ついた経験があると、この欲求を見ないようにしてしまうことがあります。
「私は一人でも平気」と思っていても、深く話をしていくと、本当は人とのつながりを強く求めていたことに気付かれる方も少なくありません。
一昨年、個別にコーチングをしていた際にも、多くの方が「本当は人とつながりたかった」と涙ながらに気付かれていました。
みん天で学ぶ欲求との違い
マクレランドの理論では、これらの欲求は社会的な学習によって形成されるものと考えられています。
一方、みん天で学ぶ「九つの根源的欲求」は、生まれ持った細胞レベルの欲求として捉えています。
同じ「欲求」という言葉でも、その成り立ちの考え方には違いがあります。
これから学びを進める中で、それぞれを比較しながら理解を深めていきましょう。
学んだことをアウトプットしよう!