【BOOST UP WORLD】イラン暴動をどう見るかー1/21

沿って | 2026年1月25日

イランの大規模暴動をどう見るか 一面的な報道では見えない歴史的背景

今日は、現在イランで起きている大規模な暴動について、もう少し立体的に見ていきます。
これまでの報道では、「外部勢力が仕掛けた暴動」という見方が強調されがちですが、調べていく中で、それだけでは説明できない背景があることが分かってきました。

ハイパーインフレが直撃するイラン国民の生活

現在のイランは、深刻なハイパーインフレ状態にあります。
為替レートは、米ドルに対して極端な水準まで下落し、一般市民が日常生活を維持することが極めて難しい状況です。

この経済悪化の大きな要因として、長年続いてきたアメリカによる経済制裁があります。
制裁の影響で国内経済は疲弊し、その結果として国民の不満が爆発し、各地で暴動が発生しているという構図です。

アメリカとイスラエルの関与をめぐる見方

今回の暴動については、イスラエルの諜報機関モサドの関与を指摘する報道も出ています。
また、トランプ大統領がイラン国内の動きに言及し、政権側としては強い警戒感を示しています。

実際、国家内部が分断された状況では、他国が介入し、政権転換が起きるケースは歴史上何度も見られます。
東欧諸国や、現在のウクライナ情勢の背景にも、こうした構図が存在しています。

イラン革命以前 パーレビ王朝と「ホワイト革命」

ただし、イランの現状を理解するためには、もう少し過去にさかのぼる必要があります。
1979年のイラン革命以前、イランはパーレビ国王による王制国家でした。

当時、国王は「ホワイト革命」と呼ばれる近代化政策を進め、
女性のヒジャブ着用の緩和、女性参政権の付与、教育の拡大、工業化の推進などを行いました。

しかし、これらの改革は宗教的価値観を軽視した形で進められたため、強い反発を招きました。
さらに、言論弾圧や秘密警察による恐怖政治が行われたことで、国民の不満は限界に達します。

イラン革命と宗教国家への転換

その結果として起きたのがイラン革命です。
王制は崩壊し、イラン・イスラム共和国が成立しました。

革命後のイランは、宗教色の非常に強い国家体制へと移行します。
一度は西洋的な自由や社会進出を経験した国民が、再び厳格な宗教的統制のもとに置かれることになりました。

モスクやコーランが焼かれる意味

今回の暴動では、モスクやコーランが焼かれる映像も流れています。
主要メディアでは「宗教的に敬虔なイランで、そんな行為はあり得ない」と説明されることが多いですが、歴史的に見ると必ずしもそうとは言い切れません。

経済的困窮と長年の抑圧が重なった結果、宗教そのものに対する反発が噴き出すことは、十分に起こり得ます。

政府支持層だった人々が反旗を翻す現実

特に注目すべきなのは、これまで政府寄りとされてきたバザールの商人たちが、暴動の起点になっている点です。
これは、一般国民だけでなく、従来の支持層までもが現政権に強い不満を抱いていることを示しています。

この状況を見ると、現在のイランの混乱は、単なる外部勢力の介入だけで説明できるものではなく、
長年積み重なってきた歴史と社会構造の歪みが表面化した結果だと考える必要があります。

一方向の見方から離れる重要性

今回のイラン情勢を通じて、一つの視点だけで国際問題を見る危険性を改めて感じました。
外部介入の可能性は確かに存在しますが、それと同時に、国内に蓄積された不満や歴史的背景も無視できません。

国際情勢を理解するためには、「誰が悪いか」ではなく、「なぜここまで至ったのか」を多角的に見ていく姿勢が重要です。